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盛岡地方裁判所 昭和29年(レ)1号 判決 1955年3月08日

控訴人 佐藤松峰

被控訴人 新治文治郎

主文

被控訴人は控訴人に対し金壱万円及びこれに対する昭和二十八年五月十八日より完済にいたるまで年六分の割合による金員を支払うべし。

訴訟費用は訴の変更前の第一、二審分及び訴の変更後の当審分を通じてこれを二分し、その一を被控訴人の負担、その余を控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、当審において訴を変更し、主文第一項同旨並びに訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とするとの判決を求め、その請求の原因として、

一、控訴人も被控訴人もいずれも古くからその肩書住所地で種苗の販売を業とするものである。

二、控訴人は昭和二十七年十二月一日長野県下伊那山林種苗協同組合との間に、控訴人が杉苗等を杉苗一年生三寸内外普のもの四十万本をその代金一本につき二十二銭、杉苗一年生三寸内外上のもの五十一万二千本をその代金一本につき二十七銭、杉苗二年生四寸上のもの十万本その代金一本につき一円五銭、杉苗二年生六寸上のもの十万本その代金一本につき一円四十五銭等とし、同月中頃までに引き渡す約定で売り渡すことの契約を締結し、苗木の取引は越冬期に入る場合仮値を要し、毎年十一月を適期とする関係上右組合から右約定期日までに引き渡すよう催促されており、控訴人は同月十六日杉苗一年生三寸内外普及び上のもの九十一万二千本のみを発送したが他は手持品不足のため発送できず八方これが入手に努めていた。

三、そこで控訴人は同月中頃から同業者の被控訴人と杉苗の取引について交渉し、同月二十八日被控訴人との間に控訴人が杉苗二年生四寸上のもの十万本その代金一本につき四十銭、杉苗二年生六寸上のもの十二万本その代金一本につき六十銭、合計二十二万本を代金十一万二千円で、引渡場所茨城県石岡駅渡し、引渡期日は同月末に確実に発送のこと、代金の支払方法は、三分の一を現金払い、残金につき昭和二十八年一月十五日払の約束手形を振出し交付すること等の約定で買い受けることの契約を締結した。

引渡場所は右石岡駅渡しであるが、いわゆるレール渡しではなく、鉄道輸送の手続は控訴人の方でなし、被控訴人は関係なかつたのである。

四、控訴人はその店員菊池忠男をして控訴人の取引先よりの集金をもつて、被控訴人に対し前記約定代金の三分の一を現金で支払い、残金については約束手形を振出し交付させて前記買受けの杉苗の引渡を受けるため、同月三十日被控訴人方に派遣したところ、前記杉苗の引渡期日について、被控訴人より、年末年始のため手配困難とのことで延期方の申出があつたので、右店員菊池忠男は同人のみの計らいで前記引渡期日を昭和二十八年一月三日に変更し、また代金の支払については集金が予定より少かつたため、被控訴人との合意のうえ、現金一万円を手附金として交付し、残金の支払方法として、額面五万円満期日昭和二十八年一月十日のものと、額面六万二千円満期日同月十五日のもの被控訴人宛約束手形二通を振出し交付し、右約束手形金の支払は、右杉苗は他に転売するものであり長野県飯田駅に発送して現金化のうえ右期日になすこととして、前記当初の売買契約の内容を以上のように変更し、右店員菊池においてその一部の履行をなしたのである。

なお右店員菊池が被控訴人方を辞去する際、被控訴人より右昭和二十八年一月三日の引渡期日を更に同月十日まで延期方申し出でられたが、右菊池は右買受けの杉苗は前記のように控訴人において他に転売の約定のものでありその履行を迫られているものであることを告げ、そのように更に引渡期日を延期することについては控訴人の意向を聞かなければ応じられない旨を述べ、その承諾を留保して帰つたのである。手附金として一万円を交付した残金十万二千円に対し前記額面合計十一万二千円の約束手形二通を振出したのは前記菊池が計算を誤つたものである。

五、控訴人の店員菊池は前記のような用件で被控訴人方に派遣されたものにすぎないものであり、前記当初の売買契約の引渡期日を昭和二十八年一月十日に変更することはもとよりのこと、同月三日に変更するような権限を有しなかつたのである。控訴人は菊池の帰宅後右事情を聴取し、前記組合との取引関係を考慮しやむなく右菊池が無権限で引渡期日を昭和二十八年一月三日に変更したことを追認し、同月五日控訴人の代理人岩本吉治が被控訴人方に赴いた際、被控訴人に対しその追認の意思表示をなし、すなわち右一月三日に変更したのは仕方がないが一月十日までは延ばせない事情があるのだから是非とも明六日に出荷するようにしてくれと交渉したが、被控訴人において貨車の都合で一月十五日でなければ出荷できないといい応じなかつたのである。

控訴人は前記組合との取引関係から引渡期日を昭和二十八年一月十日に変更することはできない事情があつたのであり、従つて引渡期日を一月十日とすることを承諾したことのないのはもとより、右一月十日に変更することを追認したこともない。

六、以上のように控訴人が被控訴人から前記杉苗を買い受けたのは、控訴人においてその買受けの杉苗を前記組合に転売して利益を得るためであり、控訴人の追認した昭和二十八年一月三日までに被控訴人から引渡を受けて右組合に発送しないときは同組合から契約を破棄されるおそれがあることを被控訴人に告げ、現に被控訴人において右引渡期日に引渡をなさず控訴人から同組合に発送しなかつたため同月上旬頃同組合から前記契約を破棄されたのであり、被控訴人は右昭和二十八年一月三日までに引渡をしないときは控訴人の転売契約の破棄されるおそれのあることを承認のうえ合意したのであるから、前記被控訴人との杉苗の売買契約はいわゆる定期行為の売買である。控訴人は被控訴人において右昭和二十八年一月三日までにその履行をしなかつたので契約をなした目的を達することができなかつたのである。それで前記控訴人の代理人岩本吉治が同年一月七日附書面で前記石岡駅から被控訴人に対し前記売買契約の解除の意思表示をなし、右書面が翌八日被控訴人に到達したので、右売買契約は同日解除により消滅に帰したから、被控訴人において前記手附金として交付を受けた現金一万円を即時控訴人に返還すべき義務あること勿論である。

よつて控訴人は被控訴人に対し右手附金一万円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和二十八年五月十八日以降完済にいたるまで商事法定利率の年六分の割合による金員の支払を求めるため本訴請求に及ぶと陳述し、

被控訴代理人は、まず本案に先き立ち、控訴人は原審以来杉苗売買契約の際交付された手附金一万円について、被控訴人が売買を解約したことを理由として右手附金の倍額二万円の償還の請求をしていながら、当審において、突如右杉苗売買は定期行為であり、被控訴人において期日に履行しないから控訴人が売買契約を解除したことを理由として、交付した手附金一万円の返還の請求に改めたが、右は訴の変更であり、訴訟の完結を遅延せしめる目的のみをもつて控訴を提起したものであることが窺われ、右訴の変更の許すべからざることはもとより、民事訴訟法第三百八十四条の二により旧訴の控訴を棄却する場合控訴濫用に対する制裁を命ずべきである。

次に本案につき控訴棄却の判決を求め、答弁として、

一、控訴人主張一の事実を認める。

二、同二の事実は知らない。

三、同三の事実を否認する。控訴人との杉苗取引の交渉のはじめその主張の杉苗代金十一万二千円に対しその三分の一の現金払を確約する等の話合はあつたがまだ契約が成立にいたらなかつたのである。

四、同四及び五の事実のうち、被控訴人が昭和二十七年十二月三十日控訴人の店員菊池忠男との間に被控訴人が控訴人主張の杉苗二十二万本を代金合計十一万二千円、引渡場所その主張の石岡駅渡し、代金支払方法として現金一万円を手附金として交付し残金はその主張の約束手形二通を振出し交付し右手形金の支払により決済することの約定で売り渡すことの契約を締結し、同日右菊池忠男から手附金として現金一万円及びその主張の約束手形二通の振出し交付を受けたことは争わないが、その余の事実を否認する。

前記杉苗の売買契約は昭和二十七年十二月三十日にはじめて成立したものであり、前記菊池は控訴人の代理人として契約したのであり、その代理権限を有していたのである。引渡期日を最初昭和二十八年一月三日と約定したが、約定の杉苗二十二万本は当時被控訴人方苗床に仮植してあつたが、これを抜き取り選別のうえ百本宛一束とすることは容易な業ではなく、しかも年末年始に際し、抜き取り選別の人夫が休業していたので、到底数日の猶予期間では荷揃が不可能であることを右菊池忠男も了解し、その後更に引渡期日を同月十日と変更したのである。

五、同六の事実のうち、被控訴人が昭和二十八年一月八日控訴人の代理人岩本吉治からその主張の売買契約解除の書面を受領したことは認めるが、その余の事実を否認する。

前記約束手形二通はいずれも不渡となつた。控訴人は取引の交渉のはじめ代金の三分の一の現金払を確約しながら、代金に相当する不渡手形を持参して杉苗の引取りを計画したが、被控訴人から手附金の交付を求められ、僅かに一万円の手附金を交付したにすぎないのである。被控訴人は前記約定引渡期日の昭和二十八年一月十日までに約定杉苗二十二万本全部の出荷ができるよう準備していたのであるが、その以前に控訴人の代理人岩本吉治が自ら売買契約を解除して手附金を流したのである。

以上控訴人の本訴請求は失当であると陳述した。

<立証省略>

理由

まず被控訴人の本案前の異議について判断するに、被控訴人主張のように控訴人が原審以来控訴人と被控訴人間における杉苗の売買契約の際交付した手附金一万円について、被控訴人が売買契約を解約したことを理由として右手附金の倍額二万円の償還の請求しながら、当審の審理途中において、右杉苗売買は定期行為であり、被控訴人において期日に履行しないから、控訴人が右売買契約を解除したことを理由として、さきに交付した手附金一万円の返還の請求に改めたことは記録上明かであるから、控訴人は請求の趣旨を減縮し且つその原因を変更したものといわなければならない。しかしながら控訴人の右訴の変更前後の請求はいずれも杉苗の売買契約の際交付した手附金に関するものであることが明かであり、請求の基礎に変更がないばかりでなく、右訴の変更により特に本件訴訟手続を著しく遅滞せしめるものとは認められないから控訴人のなした右訴の変更は適法としてこれを許容すべきである。また被控訴人主張のような控訴の濫用と認め得べき事由を発見し得ない。被控訴人の異議は失当として拒否しなければならない。

次に本案について案ずるに、控訴人及び被控訴人がいずれも古くからその肩書住所地で種苗の販売を業とするものであること、控訴人と被控訴人との間に控訴人がその主張の杉苗二十二万本をその主張の代金合計十一万二千円で引渡場所をその主張の石岡駅渡しとし、右代金の支払方法として手附金一万円を交付し残金はその主張の約束手形二通を振出し交付し右手形金の支払により決済することの約定で買い受けることの契約を締結したこと、被控訴人が昭和二十七年十二月三十日控訴人の店員菊池忠男から右売買契約の趣旨に基き手附金として現金一万円を受領し控訴人主張の約束手形二通の振出し交付を受けたこと、及び被控訴人が昭和二十八年一月八日控訴人の代理人岩本吉治から控訴人主張の売買契約解除の書面を受領したことは当事者間に争いがない。

控訴人は前示杉苗の売買契約は引渡期日を昭和二十八年一月三日とする定期行為であり、被控訴人の不履行により同月八日解除したと主張するのに対し、被控訴人は、右引渡期日を控訴人の代理人菊池忠男との合意により同月十日に変更したのであり、被控訴人に不履行がないと抗争するので審案するに、成立に争いのない甲第一号証の一、二、第六号証、原審証人岩本吉治、当審証人菊池忠男(各第二回)の各証言、当審における控訴人の本人尋問の結果、右各証言、本人尋問の結果により真正に成立したものと認める甲第四、五、十五、十六、十七号証に、前示当事者間に争いのない事実を合せ考えると、昭和二十七年十二月一日控訴人と長野県下伊那山林種苗協同組合との間に、控訴人がその主張の杉苗等をその主張の杉苗二年生四寸上一本につき一円五銭同六寸上一本につき一円四十五銭の割合の代金等、右杉苗等の引渡期日を同月十二日まで、引渡場所長野県飯田線飯田駅渡しとし、代金の支払方法は、契約と同時にその二割を支払い、残四割を同月二十五日まで、更に残四割を昭和二十八年四月五日までに支払うことの約定で売り渡すことの契約を締結し、同組合から昭和二十七年十二月四日附書面で「昨今気温が降り本日雪が降つたから、苗木の輸送はできるだけ早く願いたい。約束の同月十二日までには必ず発送できるよう御手配願います、もし右期日に発送しないときは取引が不可能となることがありますから右期日は厳守されたい」との趣旨の督促を受けていたこと、控訴人が同月十六日約定の杉苗一年生のもの合計九十一万二千本を飯田駅着で両組合に発送したこと、しかし当時控訴人にその他の手持品がなかつたので八方同組合との約定の苗木の入手に努めた結果、被控訴人から約定の杉苗二年生のものを買い入れて同組合に発送することになつたが、その交渉の経過は控訴人から被控訴人に対し、

(1)  昭和二十七年十二月二十三日附書面(甲第一号証の一)で、

「再度電報に接しましたが当方指定値段で発送するという同業者より商談を受け発註したから悪しからず御諒承願います。ただ期日と代金支払方法の点がまだ交渉中です。代金は現品納入処分次第すなわち昭和二十八年一月十五日払として承知のうえ、杉苗二年生四寸上十万本を一本四十銭、同六寸上十二万本を一本六十銭の値段で即時発送されるようなれば貴殿より買い入れてもよろしいから、この書状つき次第折返し至急電報で御連絡願います。もしこの値段で即時出荷できるようなら当農場支配人か係員を派遣させ、その際約束手形を差し上げますから、折返し至急報願います」

(2)  同月二十五日附書面(甲第一号証の二)で、

「一昨日十三日附で値段四寸上一本四十銭十万本、六寸上一本六十銭十二万本即時発送なればお引き受けいたすべき旨申し上げましたが、本月二十八日、九日までに貴地確実発送せられるようなら右二十二万本註文いたすべく、代金は貴地出荷までに係員を二十七、八日頃に差し向け三分の一位を現金で支払い、残金を昭和二十八年一月十五日払の約束手形で決済しますから、もしそれで取引可能であれば、この書状つき次第即時特別至急電報で御連絡願います」

(3)  更に同月二十六日附書面(甲第四号証)で、

「かねて商談中の杉苗二年生当方指定値段条件で発註に応ずる趣旨の書信に接し、他の商談を断わると同時に貴方に正式に註文することに決定し、早速「二九ヒ〇モテユクツムテハイアレ」と打電(甲第五号証)した次第です。ついては電文どおり本月二十九日頃代金の三分の一程度の現金を支払い、残金は昭和二十八年一月十五日払の約束手形で決済しますから御諒承願います。お宅には係員が福島方面まで集金かたがた出張のついでがありますからこの二十九日かおそくも三十日までに行くように命じてやりますから、それまでに確実に出荷できるよう準備おき願います」との各趣旨の通知をしたのに対し、被控訴人から控訴人に対し、

(4)  昭和二十七年十二月二十八日附岩手県藤根郵便局受附の電報(甲第六号証)で

「デンミタシヨウチニイハル」の返事があつたこと。

要するに昭和二十七年十二月二十八日控訴人と被控訴人との間に、控訴人が、杉苗二年生四寸上のもの十万本その代金一本につき四十銭、同二年生六寸上のもの十二万本その代金一本につき六十銭、合計二十二万本を代金十一万二千円で、引渡場所茨城県石岡駅渡し、引渡期日同月二十九日かおそくも翌三十日、代金の支払方法は、三分の一位を現金で支払い、残金は昭和二十八年一月十五日払の約束手形を振出し交付して決済することの約定で買い受けることの契約を締結したこと、及び右売買契約の成立に際し、控訴人が被控訴人から買い入れの杉苗は、前記組合とは明示しなかつたが、他に納入処分すべきものであることを告げ、即時発送するなら註文すると交渉した結果成立したものであり、控訴人が右転売の関係上売買物件の引渡期日について当初より特段の関心をもつていたことは同業者の被控訴人において十分に了知していたものであることを認定することができる。右認定に反する被控訴人の本人尋問の結果の一部は前記各証拠に照し採用することができない。乙号各証その他被控訴人の提出援用の各証拠によつても右認定を左右するに足らない。

しからば本件杉苗の売買契約は昭和二十七年十二月二十八日に控訴人と被控訴人との間に成立したものであり、当時のその引渡期日は控訴人の買受けの目的からしておそくとも同月三十日と確約していたものといわなければならない。

更に成立に争いのない甲第二、八、九、十号証、乙第一号証第三号証の一、二、第四号証前記甲第十五号証、前記控訴人の本人尋問の結果により全部真正に成立したものと認める甲第七号証、原審証人岩本吉治、菊池忠男(各第一、二回但し菊池の第一、二回の後記採用しない部分を除く)当審証人菊池忠男(第一、二回)の各証言、前記控訴人の本人尋問の結果に当審における被控訴人の本人尋問の結果の一部(後記採用しない部分を除く)前示認定事実を綜合して考えると、控訴人方の従業員には支配人岩本吉治、店員菊池忠男がおり、店員菊池は昭和二十八年当時二十一年の青年であり、控訴人方で出荷関係の註文とりやその発送や集金等の仕事をしており、仕入関係でも控訴人が取引先に行けないときは同人も行くこともあるが、そんなときも期日等の取引内容のことは控訴人が直接決定し、同人にその決定権がなかつたこと、前記組合との売買契約の引渡期日についてその後昭和二十七年十二月末までに引渡をすればよいことに同組合から猶予を得たので、控訴人がこれに間に合せるため、被控訴人から買受けの前示杉苗を同月末に引渡を受けて同組合に発送して、前示により明らかな一本につき二倍以上の転売による差額利益を収めようと懸命の努力をしていたこと、控訴人が前示被控訴人との売買の交渉の際の話合により、当時福島県栃木県方面に集金に出張していた前記店員菊池忠男に命じて、その集金を持つて、そのうちから前示のようにすでに成立した売買契約の趣旨に従い、前示代金の三分の一位を現金で支払い、残金について、約束手形を振出し交付させて約定の杉苗の引渡を受けるため、同月三十日被控訴人方に遣わしたところ、被控訴人から年末その他の関係で約定の引渡期日には引渡ができないから昭和二十八年一月三日まで延してくれとの申出があつたので右菊池が、前記組合に対する発送関係から早く出荷しなければならないことを考え、一度は右申出を拒否したが、一月三日に発送できるならそれもやむを得ないものと考え、同人の一存で、一月三日に引渡期日を変更することを承諾し、甲第二号証乙第三号証の二により明らかなように、被控訴人方で作成していた不動文字入の苗木売渡証用紙の売渡期間の欄に被控訴人が昭和二十八年一月三日と記載する等その他の記載をした売渡証二通を復写で作成して、菊池と被控訴人が各一通ずつを所持したこと、なおその際、菊池の集金が意外に少なかつたので代金の三分の一位を現金で支払う約定だつたのを、被控訴人との合意のうえ、同日菊池が現金一万円を手附金として被控訴人に交付し、その残金の支払方法として控訴人主張の額面合計十一万二千円の約束手形二通を振出し交付し、またその際特に右手形金は、被控訴人から一月三日に引渡を受けた杉苗を転買先の長野県飯田駅に発送し転買主からその転買代金を受領して現金化してからこれをもつて支払い、もつて右残金を決済することを菊池から被控訴人に告げ、その諒解を得たこと、それで、菊池が同日午後五時五十五分石岡駅受附の電報(甲第七号証)で控訴人に対し「一月三日に引渡を受けることになり、出荷の手配に二日かかり、一月五日でなければ貨車積ができない。そのようになつた事情の詳細は一月一日に帰宅してから報告する」との趣旨を通知したこと、菊池がそのように引渡期日を一月三日に変更することを承諾して被控訴人方を立ち去らうとしたとき、被控訴人から苗木の選別人夫の都合で右一月三日の引渡期日を更に一月十日に変更することの申出があつたが菊池がそれでは飯田に送るのがおくれ、飯田の方から契約を破棄されるから駄目だ、そのように変更できるかどうかは控訴人に聞いてみなければ駄目だといつたが、被控訴人が執拗に十日に延してくれといい、控訴人に聞いてみてくれというので、菊池が聞いてみるが十日まで延すことは駄目だろうといつてそれに同意しないで帰り、ただ被控訴人からそのような申出のあつたことの心覚えに前記甲第二号証の売渡期間の昭和二十八年一月三日の「三日」の記載を消してその右脇に「拾日」と記載したこと、菊池が昭和二十八年一月一日被控訴人方から控訴人方に帰り前記事情を控訴人に話したら、控訴人が引渡期日を一月三日に変更し、更に一月十日に変更することの申出を受け、売渡証の記載をそのように訂正して来たことの意外さに大いに驚き、一月三日はとにかく、一月十日では前記組合に対する発送がおくれ前記のような有利な契約を破棄され、時期が時期でもあり他に売却の途がなく不要品となつてしまうと菊池を叱責し、急遽翌二日附書面(乙第四号証)で被控訴人に対し「一月三日でもできなければやむを得ないから六日に車積できるよう駅出し願いたい。五日に当方の支配人を参上させる予定であり、その際代金を持参するからよろしく手配を願います。なお貨車手続も、発駅石岡駅、荷送人佐藤農場、着駅飯田線飯田駅上、荷受人佐藤農場として御願いいたします」との趣旨を通知したうえ、同月五日控訴人の支配人岩本吉治を被控訴人方にやり、同人が控訴人の代理人として、是非翌六日までに出荷するように直接交渉したが、被控訴人が、今更に、貨車の都合で一月十五日でなければできないといい、結局六日に引渡すことの話合も成立せず同日引渡もなさなかつたこと、昭和二十八年一月三日は勿論同月六日当時被控訴人の方で前示約定の杉苗をその日において直ちに引渡す準備ができていなかつたこと、結局右一月六日にも引渡を受けることができなかつたので、前記岩本がそれでは前記組合に納入することもできなくなり、不要品となり契約した目的が達せられないので前示杉苗の売買契約の解除を決意し、翌七日附書面(乙第一号証の一)で石岡駅から被控訴人に対し、右杉苗の売買契約解除の意思を通告し、前示手附金一万円の返還を求め、右書面がその翌八日被控訴人に到達したこと、その後同月上旬中に前記組合から控訴人に対し同組合との間の売買契約を破棄する旨の通告があつたこと、そのような事情で前記約束手形二通が不渡りとなつたこと、苗木の輸送の時期は例年四月が一番よく、一般に春季は三月中旬から四月下旬頃までの間、秋季は十一月初旬頃から十二月中旬頃迄の間に輸送していたこと、昭和二十七年十二月下旬頃と昭和二十八年一月初は前記石岡及び飯田地方は例年に比較して寒くなかつたこと、右石岡駅から発送した苗木の貨物は通常三、四日で右飯田駅に到着することを認定することができる。

被控訴人は昭和二十七年十二月三十日に控訴人の代理人菊池忠男との間に昭和二十八年一月三日の引渡期日を同月十日に変更することの合意が成立した等前示認定に反する主張をなし、前記被控訴人の本人尋問の結果中にはこれに符合するものがあるが、右被控訴人の供述部分は前記各証拠に照しにわかに採用することができない。原審証人菊池忠男の第一、二回証言のうちのこれに副う証言部分も前記各証拠及び前示組合との取引関係事情に照しにわかに採用することができない。乙第三号証の二、及び甲第二号証売渡証に「十日」の記載があつても、前示認定の事実及びこれにより推測し得べき事情に鑑み前示認定を覆えし、被控訴人主張事実を肯定することができない。また乙第四号証には前示のように「一月六日まで車積できるよう云々」の記載があるが、前示認定の諸般の事実を考察するときは、当時控訴人において前示のような有利な組合との取引を維持するため、百方心を砕いていた状況がありありと窺われるところであるから、一月三日に引渡すことができなければ、せめて六日に引渡を受けて組合に発送しようとし、心ならずもぎりぎりの譲歩をしてそのように書き送つた事情が推察されないでもないから、同号証の右記載によつても被控訴人主張のように一月十日に変更することの合意があつたことを認め得ないのは勿論のこととし、またそのように変更したことを控訴人において追認したことを認めることもできない。

被控訴人は前示菊池忠男が控訴人を代理して引渡期日を変更する権限があつたと主張するが右菊池の地位権限は前示認定により窺い得るところであり、その外に被控訴人主張のような権限をもつていたことを認めるに足る何等の証拠がない。菊池に一月十日に変更する権限がなかつたとしても、同人は前示認定のように当初の引渡期日を一月三日に変更することを承諾したのであるから、被控訴人において菊池に右期日変更の権限があるものと信じ、かく信ずるについて正当の事由あるように見受けられないでもないとしても、被控訴人は前示認定のように、売買の杉苗は他に納入処分するものであることを告げられ、右杉苗を飯田の転買人に引き渡してその代金を受領し、それで前示約束手形の満期日の一月十日及び同月十五日にその手形金を支払うのであることを告げられ、それを承知のうえで一月三日まで延してもらつたのであるから、一月三日はともかく、一月十日の引渡期日では、到底そのような決済が不可能であり、また時期が時期であり、そのようにおくれては転売契約の破棄を招来するおそれが多分にあつたのであり、そのような事態を生ずるおそれのある事項を処理する権限が前示のような店員の菊池に与えられるようなことは通常想像できないところである。前示認定の実情から種苗業者たる被控訴人においてもそのような事情は十分に諒察していたものと推察するに難くないから、もし仮に被控訴人が菊池に権限ありと信じたとしても、そのように信ずることについて正当な事由あるものということができない。

はたしてしからば、前示控訴人と被控訴人との間の杉苗の売買契約の引渡期日は、当初昭和二十七年十二月二十九日か三十日だつたのが、控訴人の店員菊池と被控訴人との合意により昭和二十八年一月三日に変更することの合意が成立し、そのような引渡期日の変更の権限は菊池になかつたのであるが、その後控訴人において、一月三日に変更したことを前提として一月六日に引き渡すべきことを交渉したが被控訴人が応ぜず、結局一月三日に変更したことは控訴人において追認したこととなつたが、その外、一月十日に変更することは勿論、一月六日に変更することの合意が成立しなかつたのであり、また右一月三日の引渡期日の合意の成立にいたるまでの前示経過の実情及び杉苗輸送の季節関係等に鑑み、控訴人が売買物件を転売のために買つたのであり、飯田の転買人に急遽発送すべき事情にあつたものであることを被控訴人に示し、被控訴人においてこれを承知のうえに右引渡期日を一月三日と合意したものであるとみるのを相当とするから、前記杉苗の売買契約は少くとも控訴人と被控訴人との合意により、右一月三日おそくも同月六日の期日までに履行するのでなければ控訴人の契約をした目的を達することのできない、いわゆる相対的定期行為であるというべく、従つて被控訴人が、右一月三日の期日においては勿論一月六日にも約定の杉苗の引渡をしないときは、他に特段の事由のみるべきもののない限り、控訴人において、民法第五百四十二条に則り、右日時の経過後被控訴人に対し、相当期間を定めて催告する手続をとらないで直ちに売買契約の解除をなし得るものといわなければならない。

被控訴人は約定引渡期日の昭和二十八年一月十日までに約定杉苗全部の出荷ができるよう準備していたのにその以前に控訴人の代理人岩本吉治が売買契約を解除して手附金を流したと抗争するが右主張はその前提においてすでに失当であるから採用することができない。

しかして買主が売主に手附金を交附したときは、買主においてその手附金を放棄して契約を解除し得ることのあるのは民法第五百五十七条により明らかであるが、同条は買主の都合により解除する場合であり、売主の不履行を理由とする買主の契約の解除について同条の適用のないこと勿論である。しかして売主の不履行を理由として契約を解除するときは、売主において原状回復の義務を負い、交付を受けた手附金にその受領の時より法定利率の利息を附加して買主に返還しなければならない。

従つて控訴人の代理人岩本吉治が昭和二十八年一月八日被控訴人に対し前示売買契約解除の意思表示をなしたこと前示認定のとおりであるから、被控訴人は控訴人に対し前示手附金一万円及びこれに対する前示手附金の交付の日である昭和二十七年十二月三十日の翌日より商事法定利率の年六分の割合による利息金の返還の義務があるものというべく、被控訴人に対し、右手附金一万円及びこれに対する右交付の日の翌日以後である昭和二十八年五月十八日以降完済にいたるまで年六分の割合による金員の支払を求める控訴人の本訴請求は正当であり、認容しなければならない。

ところで右控訴人の本訴請求は前段説明のように、控訴人が当審においてなした訴の変更による新訴の請求であり、右訴の変更前の旧訴の請求についてなした原判決はすでにその効力を失つたのであるから、右旧訴の請求を棄却した原判決といえども当審においてこれを取消し得ないこと勿論である。原判決が請求棄却の判決であり、債務名義たり得ないものであるから、その失効の趣旨を明らかにするためにその取消を主文に判示する実益も少い。

しかし、訴の変更前の旧訴における訴訟費用は変更後の新訴の判決においていかに扱わるべきものであらうか。

訴の変更により変更前の旧訴は変更の許されることを条件として終了するのであり、民事訴訟法第百四条にいわゆる裁判によらずして訴訟が完結した場合に該当するものとし、この間の訴訟費用は後日申立により決定をもつてその額を定め負担を命ずべきものであり、変更後の新訴の判決の対象となるものではないかのようであるが、同法条はその規定の明示するところにより明らかなように、訴訟費用の負担を決する機会がなくして訴訟が完結した場合に適用あるにすぎないものであり、本件の場合において後述のような解釈がとられるものとすればこのような場合には適用がない。もつとも裁判所が判決でその裁判を遺脱したときは民事訴訟法第百九十五条第二項第百四条により救済せらるべきは勿論である。

すなわち例えば一部判決の場合の訴訟費用の裁判はその後の結末判決においてまとめて裁判するのを原則とすることは民事訴訟法第九十五条本文の明定するところであり、この場合残部の結末判決部分の訴訟費用と、すでになした一部判決部分の訴訟費用が事実上分けることが不可能な場合も多いことだらうが、すでになした一部判決の請求部分のみに関する訴訟費用であることが明瞭なものであつてもなお、残部の結末判決においてまとめて裁判し得ることになるのである。この場合一部判決の請求事項と残部の結末判決の請求事項とは元来一つの訴だつたのが、裁判所の処理により二つの判決となつたのであり、両者の間には特殊な関係があるのではあるが、一部判決がなされた以上、裁判所の処理により二件とされたのであり、残部の結末判決の事件からみれば、さきの一部判決の請求は訴訟上一の別件といわなければならないのであり、残部の結末判決においてはこの意味の別件の訴訟費用の裁判をもなし得ることになつているのである。

一部判決の請求事件と残部結末判決の請求事件との関係の論議を、許さるべき訴の変更の場合の変更前の旧訴事件と変更後の新訴事件との関係の場合のそれと全然同一視することの不当であることは明らかであるが、一部判決の場合には訴の客観的併合の場合の一の請求についてなされるときもあるのであり、また訴の変更の前後の訴は結局社会的には同一事件もしくはこれに準ずる密接の関連事件なのであり、一部判決の訴訟費用を残部の結末判決においてまとめて裁判することにしている法の精神を汲みとるときは、訴の変更後の新訴の判決において、変更前の旧訴の訴訟費用の裁判をもまとめてなすことを拒否し得べき理由を発見し得ない。

また控訴審が本案の裁判を変更する場合は、第一、二審の訴訟の総費用について裁判すべきことは同法第九十六条の規定するところであり、控訴の一部でも認容する判決のあるときは、第一審の訴訟費用の裁判は当然全部失効するから、控訴審において第一審における訴訟費用についても更に裁判すべきこととなるのであり、訴の変更により原判決の失効するのは控訴審の裁判によるものではないがこの場合においても第一審の訴訟費用の裁判が失効することは同様であるから、同法条の精神から控訴審における訴の変更後の新訴の判決において第一審以来の旧訴に関する訴訟費用の裁判をもしなおすべきものといわなければならない。

以上により本件は控訴審における訴の変更後の新訴の請求についてなす判決ではあるが、民事訴訟法第九十五条第九十六条の精神から変更前の旧訴の訴訟費用についても裁判すべきものと解するのを相当とし、変更前の旧訴の第一、二審における訴訟費用及び変更後の新訴の当審における訴訟費用の総費用の負担について、同法第八十九条第九十条第九十一条により主文第二項のとおりこれを負担せしむべきものとする。

(裁判官 村上武 下斗米幸次郎 佐藤幸太郎)

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